弘治3年(1557)、府内に日本最初の西洋式病院が建ちました。 そこではポルトガルの青年医師アルメイダによって、内科はもとより、日本最初の洋式外科手術が盛んに行われました。 病院には入院の設備もあり、永禄5年(1562)には入院患者が100人を超えていました。 患者はこの新しい南蛮医術にあ…
南蛮BVNGO交流館は”宗麟の生きた時代を体験できる施設”を コンセプトに、大友氏遺跡や大友宗麟の功績について、工夫を 凝らした展示や迫力のある映像等で紹介する施設です。 4つのゾーンがあり、それぞれ興味のあるゾーンで歴史体験を 楽しめます。 また、展望デッキか…
西寒多(ささむた)神社は、かつて豊後国唯一の大社、豊後一の宮といわれていました。 境内のふじは県内外でも有名です。 5月のゴールデンウイークには、ふじまつりが行われ、西寒多子ども神楽や子ども相撲大会も行われます。
永禄3年(1560)のクリスマス、豊後府内(大分市)のキリスト教会で、信者によって「アダムの堕落と贖罪〔しょくざい〕の希望」、「ソロモンの裁判を願った二人の婦人」などの西洋劇が、日本で最初に演じられました。 以来、府内教会ではクリスマスや復活祭に、聖書にもとづく数々の宗教劇が演じられるようにな…
大分神楽社は、平成9年に発足し、大分市稙田地区を拠点に活動しております。 流派は庄内系で、テンポの速い舞が特徴となっております。 大分県下には沢山の神楽社があるなかで当社はいわゆる新参者であり、その分自由な形で試行錯誤しつつ練習をしております。 また、県下では珍しく女性の団員も2名在籍してお…
「荒城の月」などを作曲した瀧廉太郎は、ドイツ留学から帰国したのち、父の故郷である大分市稲荷町(現在の大手町2丁目)で療養していました。明治36年(1903)6月29日、自宅にて23歳の若さで亡くなりました。 朝倉は竹田高等小学校で、瀧の3年後輩であり、銅像の背面下部に朝倉文夫自筆の…
1,966席の高品位ホール「グランシアタ」と710席収容の「音の泉ホール」に加え、 6つの会議室、練習室、映像小ホール、県民ギャラリーまで備えた総合文化施設です。 4階部分にある6つの会議室は、会議および研修の各用途にもご利用いただけます。 全室で映像設備の利用が可能で、ビジュアルプレ…
昭和26年、大分市の戦後復興計画の一環として整備されました。 公園には大分の南蛮文化を紹介した彫刻などが350mにわたって設置され、市民に広く親しまれています。 ★ 遊歩公園の屋外彫刻群 ★ 聖フランシスコ・ザビエル(佐藤忠良 作) 西洋音楽発祥記念碑(富永直樹 作) 伊東ドン・マ…
神楽には御嶽流、深山流、浅草流、三輪流、上津流の5流派があり、国分神楽社は浅草流です。 昭和58年に大分市内の国分地区で有志により結成され現在に至ります。
長濱神楽は、大分市内で最初に行われる夏まつり”長濱神社祭典”を皮切りに、各神社に奉納しています。 大分の神楽は御嶽流、深山流、浅草流、豊後流、伊勢流などがありますが、長濱神楽は、豊後流に属します。 太鼓のばちが短く、テンポが速いのが特徴です。
小池原神楽の大蛇退治は迫力があり、一見の価値ありです。 また、小池原神楽の子供神楽も最近ではいろいろな所から声がかかるほど人気があります。 小学校低学年から高校生の子どもたちで構成された舞い手の神楽は堂々として、素晴らしい舞です。
幕末から明治にかけて活躍した、鶴崎出身の儒学者・毛利空桑の関連資料を集めた記念館です。 旧宅である天勝堂や、約900人の門下生を指導した私塾「知来館」の見学ができます。 空桑の著作や詩作などの遺品を収蔵・展示しています。 ※毎月展示品が変わります。 …